15 Jul 08
—「戦争の哲学」とは、カントのように戦争のない永久平和の状態はいかにして可能なのか、を問うことではない。乱暴にいおう。人間は戦争する存在、あえていえば、戦争の好きな存在なのだ。したがって戦争のない社会とは人間が存在しない社会、人間が好まない社会である。人間のいない社会を理念する哲学なんて、哲学の名に値しないのでは、ということだ。「哲学は戦争」なのだ。
戦争は不可避である。問題はそのことを踏まえて、現にある戦争をどう終わらせ、現に生じようとしている戦争にどう対処したらいいのか、という基本線くらいは、哲学者などと名のっているものが答えなくてはならないだろう、ということだ。まあ、大口たたきはこれくらいにしておこう。
2008年7月18日からは多分鷲田小彌太 読書日日
(via thinkeroid)